(3)子どもたちを成長へと導くために必要なこと

大切なのは「いかに教えるか」ということの先にある。

このように述べると、一斉指導(教えること)が悪で、子どもたちに任せ考えさせること(協同的な学び)が善なのかと考えてしまいがちです。
私自身もそのような考え方に陥ってしまった時期がありました。
子どもたちが自分で考えることこそが大切。教師の役割はそれを見守ること。
だからあえて教えない。そんな態度を貫く毎日。

幸いその時担任していた子どもたちは力のある子どもたちでしたので、自分たちでもがきながら毎日毎日成長し続けていきました。

しかし、ある機会に授業を参観した方から衝撃的な言葉を問われたのです。
それは「教師にしかできないこととは何なの?」という問いです。
「今日はこれをやります。学び方は自分で考えることが大切だよ。先生はみんなを見守っているからね。はいどうぞ。」
このセリフのみで授業が成立するならば教師が教室にいる意味はあるの?
近所のおじさん、おばさんが「はいどうぞ。」というのと何が違うの?
「信じて任せる」ということと「ほったらかす」ということは違うのではないか?
核心をつく質問の連続に答えることができない自分がいました。

それ以来ずっと考えてきたこと。
それが「教師にしかできないこととは何か?」ということです。
教えるか?考えさせるか?
知らず知らずのうちに自分が「やり方」レベルの思考に陥ってしまっていたのです。
「一斉」か「協同」かという二項対立にはまったく意味はありません。
教えること、考えさせること、どちらも大切なのです。
「一斉」で学ぶ場であっても「協同」で学ぶ場であっても、関係ない。
どんな場でも、ベストを尽くし自分の成長のために学び続けられる。
そんな子どもたちを育てることこそが教師としての役割でしょう。

悶々とそんなことを考えているうちに見えてきたこと。
それは子どもたちを成長させるために必要なことは何かということです。
「教えるか?」「考えさせるか?」ということ二項対立ではありません。
子どもたちを成長させるために必要なことは「繰り返すこと」なのです。
教わる(インプット)ことと、それをもとに表現・行動する(アウトプット)こと。
何度も何度も繰り返し、その繰り返しが積み重なった分だけ子どもたちは成長していくのです。