教師の言葉には力がある。

排出されたものが再び燃料へと変わっていく。
そんな夢のような車があったら素敵ですよね。
だってガソリンを自ら生み出しながら走り続けられるのですもの。
きっとそんな車が生み出される日はきっと来るのでしょうね。



この夢のような車。
人に例えるとこうなります。
「疲れ」を「燃料」へと変えていける。
ここでのポイントはこの「疲れ」がどのような質のものであるか?
だと思います。



「はぁ。疲れたな〜。あぁ〜。明日もかぁ。やだな〜。」
こういう疲れは「苦痛を感じる疲れ」ですね。


一方
「いや〜。今日はなんか疲れたけど、すごく充実していたなぁ。しっかり休んで明日またがんばろう!」
こういう疲れは「成長を感じる疲れ」ですね。


実は「疲れるという言葉」=「嫌なもの」として我々の潜在意識の底に刻まれています。
この考え方を変えていくために、必要なこと。それは



「価値付け」です。



「疲れ」=心地のよいもの
という構図をはじめから創りだせる子もいます。
しかし、大半の子は「疲れ」=嫌なもの
という考えから抜け出すことができないのですよね。


こういう子はいくらやらせても、
「やらされている」という感覚から抜け出せないのです。
「疲れは悪」(疲れたくない)→「手を抜く」→「やらない」


知らず知らずのうちにこのような悪循環にはまりこんでいくのです。




ではそんな考えから抜け出せない子にはどうするか。
ここで重要になってくるのが「価値を刻む教師の存在」なのです。
教師に限らず、人の言葉には力があります。
言霊と呼ばれるように言葉には魂がこもるのです。




「苦痛を感じる疲れ」を「成長を感じる疲れ」に変えていくために
教師がその疲れに価値を刻んであげるのです。



「疲れた?一生懸命やったからそんなに疲れたんだよ。」
「疲れるほどがんばったから、これがこんなにできるようになったんだな。」
「疲れているのは伸びている証拠。自信をもっていいんだよ。」


なんて風に。
こんな風な言葉をかけていくことで、「苦痛を感じる疲れ」は「成長を感じる疲れ」へと変えていけます。
もちろんこれが一発ではまる子もいれば、なかなか「苦痛を感じる疲れ」から逃れられない子もいます。
個人差はありますが、根気よくこちらがその価値を刻んでいく。
それしかないのですね。



たまに、「疲れた」が口癖になっている子も見かけます。
そういう子は本当にもったいない。
自らの可能性を知らず知らずのうちに全否定しているのですから。



そういう子は言葉に宿るパワーをしっかり語ってあげることが必要だと思います。
マザーテレサはこうおっしゃいました。



思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。



これは本当に名言だと思います。
「疲れた」が口癖の子のその言葉は確実に運命に繋がってくるのです。
だから、その言葉が自分に及ぼす影響をしっかり語ってあげることが必要です。


「疲れた」を「がんばった」
という言葉に置き換えるだけでも、前向きな気持ちになれますね。


また、ある方にこんなこともお聞きしました。


誰でも口から マイナスなことも プラスなことも吐く。
だから【吐】という字は 口と+と−で出来ている。
マイナスのことを 言わなくなると−が消えて 【叶】という字になる。


あらゆる手を使って、言葉の価値を語ること。
これが大切になってきますね。





しかし、語りうんぬんより何より子ども達を変えていくのは、自分自身の在り方でしょう。


プラスのことを常に話し、
よいところを認め、
だめな時は差を叱る。

(「差を叱る」に関してはこちらをご覧ください)

http://manabitudukeru.g.hatena.ne.jp/furu-t/20130116



そんな自分の在り方は子ども達に伝染していきます。


そして、いつか私達が価値付けをしなくても、子ども達は自分でその「疲れ」に価値をつけられるようになります。
それがまさに、


自らガソリンを生み出し、夢に向かって走り続けられる人


なのでしょうね。


以上でこの話題をおわります。