「シンプル」

物事の最終到着地点。
それは「シンプル」だと思う。
「シンプル」であればあるほど強い。そして無理なく続けることができる。


始めは必要とされていたものが徐々に必要とされなくなっていく。
それは「シンプル」への変化。とても大切なこと。



「学び合い」
私も始めはネームプレートを黒板に貼り、「全員」を求めていた。
しかし、現在は提示していない。
それがなくとも子ども達の心には「全員」が刻み込まれている。
わざわざ可視化せずとも、子ども達の心はゆるく繋がっている。



トラブル解決ボード。
昨年はかなり出番があった。
しかし、今はほとんど出番がない。教室の隅にひっそりと立て掛けられている。
人が集まればトラブルは起きる。
しかし、そんなボードがなくとも子ども達は解決できる感覚を得たのだ。



あれもいい、これもいい。
多くの「方法」がある。
試行錯誤し続けることことは確かに大切。
しかし、それにいつまでも囚われていては決して良い結果は出ない。
教師は子ども達がその「方法」を必要としなくなることを目指さねばならない。



方法が1つ1つそぎ落とされ、 本当に必要なものだけが残っていく。
そうして最後には精神、魂が体に刻み込まれる。
「見えぬけれどもある」
それを感じられる状態になった時、何かが変わり始める。



「方法」で固まった自分の皮を一枚一枚剥がしていく。
すべてを剥がしきって最後に残るものは何か?



「シンプル」にはまだ遠い。