実るほど…

「この人は何かが違う…」
言葉を交わした瞬間にそんなオーラを感じる人に今までたくさん出会ってきた。
そのオーラはどこから生み出されているのか。
ふとそんなことを考える。


今まで出会った数多くのオーラをまとった方々を思い浮かべる。
彼らに共通していること、それは「揺るがない信念」なのだと思う。




自分はこう在りたい。
自分はこれを大切にしていきたい。
自分はこれを突き通していきたい。




そのような「信念」があるからこそ、話す言葉、何気ない仕草の一つ一つにそれが表れてくるのだろう。
それを自分はオーラとして感じ取っているのだ。


20代は迷いの時期。


何かが違う。
しかし、何を大切にしていけばいいのか自分にはわからない。
何となくは見えている。
しかし、はっきりと言葉に表すことができない。
何を自分は求めているのか?
自分は何を突き通していきたいのか?
「目的」が見えない。



そんな日々を自分も送ってきた。


迷っている時に出会った魅力的な方々は皆輝いていた。
自分もいつかあんな風になりたい。
自分もいつかあの人のようなオーラを身にまとって、「信念」を貫きたい。
常にそう考えてきた。



すさまじいオーラが表れるような自分の信念見つけ出す。
それをゴールにして走り続けてきた自分。



しかし、最近ある方と出会ってその考え方は変わった。
この世界には「オーラをも削ぎ落とす人」がいる。。



「実るほど頭(こうべ)を垂れる稲穂かな」
この言葉は幼い時から何度も何度も母が口にしてきた言葉である。
その方と出会ってその言葉がふと頭をよぎった。



その人の胸の中に確実に「信念」は燃えている。
しかし、静かに静かに燃えているのだ。
相手を飲み込み焼き尽くすような激しい炎ではない。



自分の「信念」を保ちながらも、心は常に自然体。
相手を屈服させようともしないし、相手に媚びることもない。
良い所は心から認め、疑問は素直に口にする。
しかし、相手への尊敬の念は決して忘れない。
たとえ相手が年下であってもその姿勢は変わらない。



自分の中にほとばしる想いが静かで穏やかなオーラに変わる時まで、磨き続けていく。
そんな日々の中で、いつのまにか自然体の自分が実現するはずだ。
じっくりと学び続ける。