だからこそ問う

自分はどんな人になりたいのか?
自分はどんな人生を歩みたいのか?
理想の自分になることで自分は周りの人をどのように変えていきたいのか?



小学生にそんなことを問うのは早すぎる?
私はそんなことはないと思う。



日々自分自身に問い続けていたって、「志」なんてなかなか定まらないもの。
何も考えずに日々を過ごしてそれが見つかるわけはない。
見つからない。だからこそ子ども達に問い続けるのだ。



「志」が定まらないことは罪なことではない。
「志」なんてどうでもいいと思っていることが罪なのだ。



「夢」「志」が定まるのはまだまだ先かもしれない。
だからこそ問い続ける。
本気で自分の「夢」「志」が定まった時に「力」がなかったらどうなる?
目先ではなく、子ども達の未来まで見通して子ども達を育て抜いているか?
「力」とはテストの点数なんかじゃない。



自分の考えを表現できる力。
自分の考えを伝える力。
自分を開いて人と繋がり合う力。
自分の可能性を信じて、外へと飛び出す力。
あきらめることなく学び続ける力。


これらの「力」こそ子ども達の武器となる。
「夢」「志」を自分のもとへ引き寄せる「力」を日々子ども達の心に刻んでいけるか?
「力」を刻むためには子ども達に問い続けるしかない。



どうして学校で学ぶのか?
どんな力をつけていけば理想の自分近づけるのか?
どんな勉強をしたいのか?



日々問い続ける。語り続ける。
それしかない。
成長は目には見えない。少しずつ。少しずつ。


目的は常に高く。しかし、常に子ども達の心に寄り添え。

甘くなるな。しかし優しくあれ。