[私はこう思う]無意識をコントロールする

何かを成し遂げるために歯を食いしばり一生懸命努力する。
これは一見とても尊いことのように思える。
しかしこの考えにしばられると「努力」至上主義になってしまう。


「努力」すれば…。
「根性」があれば…。


でも本当にそうだろうか?


この世の中で本当に結果を出している人は
「自分は努力」した。なんて決して言わない。
努力をすることが息をすることのように当たり前になっているのだ。
(我々の中で息をしていることを誇る人はいない)


無意識の状態で自分が何を成しているかが重要。
無意識の状態で思いっきり楽しんでいても結果が伴っている人は一流。
無意識の状態で思いっきり楽しんでいるが結果が出ない人は三流。
未来に繋がる楽しみ方をしているか否か。それが大切。



「努力」という言葉が無意識化されることで体の力が抜ける。
他人の評価など度外視して己のために学び続けることができる。
他人の評価が気にならないということは自分を開くこと。


「こんなこと言ったら笑われるかな」
「こんなこと言ったらどう思われるかな」


そんなこと気にせず。
力を入れすぎず人とゆるく語り合うことができる。
そして、ゆるいおしゃべりの中から真理を導き出し、それについてまた考え続ける。


無意識下であっても、自分の目的に進み続けることができる。
力が入っているわけでもないが、目的からぶれるわけでもない。
自分をもっているけれども他人との関係を切るわけでもない。


本当に結果を出している人は力が入っていない。
しかし力がオーラとなって立ち昇る。


自分の「学び合い」も努力至上主義から早く抜け出さなければならない。
他人の目を気にして学ぶのではなく。
人の評価を気にして学ぶのではなく。
学ぶことを誇るわけでもなく。
ただただ楽しみながら。前へ前へ。